日本の酔っぱらい・オムニバス編
1、電車の中で (バブル期のオヤジ達)
今はもう、終電でこんなに酔っぱらっている人もいないだろうが、これは私のバブル期に見た最高笑える酔っ払いの皆様のお話です。
友人との飲み会の帰り、その日の深夜の地下鉄は人もまばらだった。
私が座っているシートの前も一列ずっとあいていた。
そこに50代と思われる丸の内系のサラリーマンオヤジが2人、酒焼けした様な赤黒い顔でフラフラしながら乗り込んできて、前のシートにドカッと座った。
入ってきた時から会社の仕事のやり方について、辛口のコメントを大真面目に語っていたが相当飲んでいるようで、同じような内容の会話を二人とも大声で繰り返していた。
飲むと耳も遠くなるから、大声も仕方ないか・・・と思いながら、こっちもかなり飲んでいたので、そんなオヤジ達の熱いトークを何となくボンヤリ眺めていた。
ホントに初めはぼんやり眺めていたのだが、そのうちに若干聞き役に回っている方のオヤジの服装に、何となく違和感を覚えて、
何が違うんだろう?
焦点の合ってなかった目を見開いて良くよく観察して見ると、
なんと、その聞き役の真面目顔のオヤジがしっかりと着ている綿のスプリングコートは、100%完全に裏返しだった。
春物なので裏地は無しだが、そういう問題じゃない。
よくここまで完璧な裏返し状態を作ったと、感心させられるような着こなしぶりだった。
多分脱いだ時がいい加減で、袖が裏返っていて、帰りはもうべろべろだからそのままの袖から腕を通して、中側に入り込もうとする衿を無理やり外側に倒して、ボタンはよく見ると逆さ向きなので留まっていないところもあったが、留められる所は無理やり留め、それにしてもよくぞここまで裏返したと感心させられる出来栄えだった。
裏だから縫い代をくるんだパイピングが完全表に出て、縫い代がえらい立体感になっているのだが、ここまで堂々と完璧な裏返しを着られると、まあ、これもありかな?と思わされてしまう・・・どうかな??
なんたって、ずっと見ている私が気付かなかったんだから。
相変わらず二人は大真面目に会社のやり方について、真剣に語り合っている。
入って来た時よりも若干ヒートアップした様な気もする。
だが、真剣で真面目であればあるほど、あり得ない100%裏返しのコートが笑えて笑えて、
運悪く一人だったので、とにかく吹き出さないように注意して、下を向いたり横を見たりしていたが、もうどうしようもなくなって隣の車両に逃げました!!
2、電車のホームでお爺さんが・・・
これも終電に近い地下鉄の車内から、ホームに降りそこないそうになったご老人の話。
その時の電車は適当に混んでいた。
70歳前後で足腰はしゃんとした感じのお爺さんが、一人で座っていた。
多分何かの会で結構飲んだのだろう。自分の駅を気にしながら、寝たり起きたりしていた。
表参道でドアが開いた時に寝ていたお爺さんは、次の瞬間ふと我に返ったように席から立ち上がってホームめがけて飛び出して行った。
が、しかし少し遅かったので、ホームに降りた時には着ていたジャケットの裾を、思い切りドアに挟んでしまった。
車内にいた私を含め数人が、小さくあっ!!!と叫んだ。
このままじゃ、引きずられる。
その瞬間、両サイドから本当に申し合わせたように若いサラリーマンの二人が両側から思い切りドアを引っ張って、ドアは一瞬全開になった。
私を含めそれを見ていた数人の乗客も、ホッとした様子で胸をなでおろしたのだが、
しかし、そっからだった・・・
挟まったジャケットの裾が抜けて、そのまま前に歩けば良かったのに、多分飲んでいたからだろう、助けてくれた車内の二人に向かって、振り向きざまに頭を深々と下げて
「ありがとうござ・・・。」
くらいを言いかけた時、今度は全開だったドアが無情にも普通の速度で閉まって来て、お爺さんの深いお辞儀を直撃した。
ガンッ!!だか、ボンッ!!だかいう音が聞こえたような気がした。
ホームから車内に向かって下げた頭の両側をドアが直撃してまた開いてしまった。
多分、異物があるとドアは自動で開くんだろう。
ホントに一瞬の出来事で、お爺さんもあっけにとられていたが、それほど痛そうでも無かったので、その一部始終を見守っていた車内の私たちはいけないと思いながらも、けっこう笑ってしまった。
助けた二人も笑ってしまい、お爺さんだけがホームに一人呆然としていた。
そのうち、情けのかけらも無い自動のドアはバチッと完全に閉まり、お爺さんをホームに残して、電車は何事も無かったかのように動き出した。
お爺さん、さようなら、どうかお元気で!!!
そんな空気が車内に漂いつつ、車内は次の終着駅に向かって走り出したのだった・・・・。
3、公園で寝る・・・
これは某大手メーカーにいた頃、人づてに聞いた話。
そのメーカーには商品センターの近くに若い人達の為の寮があった。
問題の彼は某有名大学ご卒業のお坊ちゃんで、生産の部署にいて寮生活を送っていた。
営業と違って生産は、日々黙々と仕事をこなす落ち着いた雰囲気があり、彼も比較的大人しい、口数の少ないイメージがあった。
まだまだ20代の中頃だったので、担当課長の補佐程度の仕事を与えられていたようだった。
ある日の事、彼、村井君は久しぶりに大学の友人たちと飲みに出かけた。
いつもは寮の仲間や上司と出かける事が多い中、気心の許せる仲間との飲み会は想像以上に楽しかったのだろう。
その日の彼は、完全にハジケた状態で、飲みまくり喋りまくり、歌いまくるという普段では見られない変わりようで、破滅に向かって突き進んで行ったようだ。
多分、ストレスがしっかり溜まっていたのだろう。
仲間が心配して寮まで送ると言ったが、タクシーで帰るから大丈夫と言って、ふらつきながら自分でタクシーをとめて、乗り込んで行った。
そして、次の早朝・・・・・・・。
村井君の二つ上の戸田さんは、仕事に出る前に寮の近くを毎日ジョギングするのが日課だった。
その日もまだ暗い頃から支度して、一人明け方のジョギングを開始した。
寮の近くの歩道は、四角く角を整えられたグリーンの樹木の生垣が、かなりの長さで歩道に隣接していた。
その道はメインの通勤路から少し遠かったので、早朝はまるで人気が無かった。
その一角の丁度垣根と垣根が切れるあたりに、村井君は垣根と全く平行に歩道と反対の公園側で行儀よく寝ていた。
仰向けで手足の乱れも無く、真っすぐに寝ていた。
服装は下着のランニングにトランクス一枚だったが、真夏だったので風邪を引く事も無い。
枕はカジュアルな綿の四角いタイプの鞄を頭に敷いていたので、これも頭を保護してくれていた。
そして、注目したのは脱いだシャツとジャケット、パンツだった。
何故か、村井君はその3点をショップに並んでいる商品の様に、四角く綺麗に畳んで、枕の隣に積み上げていた。
さすがメーカーの社員だ。
もちろん、見つけた戸田さんは爆笑して村井君を起こしたが、
「なんで戸田さんがここに・・・。」
と言う村井君の突拍子もない問いかけに
「お前こそ何で???」
と言うのがやっとだったと言う。
お腹が切れるくらい笑ったそうだ。
タクシーを降りた村井君は、生垣に何を見たのだろう?
その時の村井君は、酔っぱらって生垣にマイホームの幻覚を見たとしか考えられない。
深夜、公園で服を脱いで、ランニングとトランクス姿で脱いだ服を一枚づつ綺麗に畳み、枕の代わりの鞄の隣に置く村井君を想像した。
全部揃えてから、彼は真面目で品の良い性格そのままに、そこにまっすぐに寝た。
この話は、飲んだ席で繰り返し繰り返し話され、いつまでも本当に良い酒の肴にされていた。
三つのオムニバスは、どれも日本人ならではの酔っぱらいだ。
仕事が終わってオフだというのに、電車で最後に分かれる瞬間まで会社の事を話題にする典型的なサラリーマンオヤジ達。
助けてもらったお礼に自分の頭を深々と下げた日本古来のお辞儀に、容赦なく挟み撃ちする電車の自動ドアとお爺さん。
正体無く酔っぱらっていながら、寝る時にはきちんと服をたたみ、生垣があればそれに平行に寝る育ちの良い青年。
なんだか,真面目で礼儀正しくてみんな真剣だ。
日本の酔っぱらいって可愛いな!!と思ってしまいます。